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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)4493号 判決

原告

心泉医薬株式会社

右訴訟代理人弁護士

恒田文次

馬場英彦

被告

渡辺薬品工業株式会社

右訴訟代理人弁護士

山田靖彦

主文

一  被告は、湿布剤に「強力シンセン」という商標を使用し、又はこれを使用した湿布剤を販売してはならない。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告訴訟代理人は、本案前の申立として「原告の訴は却下する」との判決を求め、本案につき「原告の請求は棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求めた。

第二  原告の主張

原告訴訟代理人は請求の原因等として、次のとおり述べた。

一  原告は、医薬品の製造販売を業とするものであるが、昭和十八年以降、「玉盛シンセン」及び「ネオシンセン」という商標を付した湿布剤を製造してこれらを全国各地の薬商に販売し、その売上高は年間平均金二千三百万円に達している。その結果、「玉盛シンセン」又は「ネオシンセン」という商標は、原告の製造販売にかかる湿布剤であることを示す表示として、日本全国にわたり、取引者及び需要者間に広く認識されるに至つている。

二  被告は、その湿布剤に「強力シンセン」という商標を使用し、これを使用した湿布剤を販売している。

三  原告の使用する「玉盛シンセン」は、氏である「玉盛」と無意義語である「シンセン」との二つの部分から成る結合商標であるが、このような商標においては、取引上、氏の部分が省略され、無意義語の部分がその商標の要部として略称されるを通例とすること、原告の商号が「心泉医薬株式会社」であること、並びに「玉盛シンセン」及び「ネオシンセン」をいう標商は湿布剤の分野において「シンセン」の語を含む唯一の商標であり、実際の取引において「玉盛シンセン」は「シンセン」と略称されていることを合わせ考えると、「玉盛シンセン」及び「ネオシンセン」の要部は「シンセン」の部分にあり、これより「シンセン」の称呼を生ずるものというべきである。これに対し、被告の使用する「強力シンセン」は、「シンセン」の部分に、商品の品質を表示する特別顕著性のない修飾語である「強力」を冠したものにすぎないから、その要部は「シンセン」の部分にあり、これより「シンセン」の称呼を生ずることは明らかである。したがつて、原被告の各商標は、いずれもその称呼を同じくするとともに、「玉盛シンセン」は「玉盛」の製造販売する「シンセン」という観念を、「ネオシンセン」は新種の「シンセン」という観念を、「強力シンセン」は効目を強い「シンセン」という観念を、それぞれ生じて、取引上、同一の営業主体が製造販売する湿布剤であるとの誤解を招きやすい。

以上の事実に徴すれば、被告の使用する「強力シンセン」は、原告の使用する「玉盛シンセン」又は「ネオシンセン」と称呼、観念の点において類似するものというべきである。

四  被告の「強力シンセン」のいう商標の使用行為は、被告が昭和三十八年二月、もと原告会社の取締役であつた松田有弘及び渡辺元保らによつて設立された会社であり、同人らは原告の取引先の多くと面識があること及び被告の当初の商号が原告の商号に類似した「シンセン薬業株式会社」であつたことと相俟つて、被告の湿布剤を原告の湿布剤であるかのように取引者及び需要者混同を生じさせ、これがため、原告の湿布剤の売上高は減少し、また、原告としては、「強力シンセン」という商標を付した湿布剤が原告の商品でないことを明らかにするため、通常以上の宣伝費をかけることを余儀なくされる等、原告の営業上の利益は害され、その損害額は、昭和三十八年六月末日現在において、金六十万円に達している。

よつて、原告は被告に対し、主文同旨の判決を求める。

五  被告の主張五の事実のうち、日本有機薬品株式会社が昭和三十七年十一月十三日、厚生大臣に対し、「強力シンセン」という薬品の製品の製造許可を申請し、昭和三十八年四月七日、その許可を得たことは認めるが、その余の事実は否認する。

六  仮に被告主張の営業譲渡又は商標の使用許諾がされたとしても、右契約は無効である。すなわち、

(一)  「玉盛シンセン」という商標を付した湿布剤の製造販売は、原告の営業の重要な一部であるから、これを譲渡するには株主総会の特別決議によることを要するところ、原告会社の株主総会は、被告主張の営業譲渡につき、特別決議をした事実はないから、右営業譲渡は無効である。

(二)  被告主張の契約は、当時原告会社の代表取締役であつた渡辺元保が、原告の損害において、自己又は第三者の利益をはかる意思で、原告会社の代表権限を乱用してこれを締結したものであり、相手方である唐鎌孝はこのことを知つていたのであるから、右契約は無効であり、被告会社はこの事実を知つていたものである。

第三  被告の主張

被告訴訟代理人は、答弁等として、次のとおり述べた。

(本案前の申立の理由)

原告の訴は、請求が特定していないから、不適法である。すなわち、

一  原告は使用の差止を求める商標を、単に、「強力シンセン」と表示するにすぎないが、商標に不可欠なのは、文字、図形その他の一定の空間的限界をもつた外形的要素であり(商標法第二条)不正競争防止法にいう商標についても同様というべく、同じく「強力シンセン」という六文字から成る商標であつても、字体、色彩及び配列等が異なれば必ずしも同一の商標ということはできない(なお、連合商標の制度はこのためにあるものである。)から、抽象的に「強力シンセン」というだけでは、差止請求の対象である商標を特定したことにはならない。

二  不正競争防止法第一条第一号の規定に基づき差止請求をする場合においては、単に被告が現に使用している商標を「使用してはならない」とするだけでは請求の特定として不十分であり、競争関係において生じている、より具体的な個々の不正行為を指摘してその禁止を求めるべきである。このことは、同第第一号が他人の商品たることを示す表示と同一又は類似のものを使用するという要件のほかに、それにより他人の商品と混同が生じることを別個の要件としていることからも明らかである。

しかるに、原告は、抽象的一般的に「強力シンセン」という商標の「使用」の差止を求めるに止まり、被告が現実にしている具体的行為の禁止を求めるものでないから、原告の本訴請求は特定に欠ける。

(原告の主張に対する答弁等)

一  原告の主張一の事実のうち、原告が医薬品の製造販売業者であり、その主張の頃から「玉盛シンセン」という商標を付した湿布剤を製造販売していることは認めるが、その売上高は知らない、その余の事実は否認する。原告主張の各商標は、需要者間においてはもちろん、業界においてすら、原告の製造販売にかかる湿布剤であることを示す表示として広く認識されてはいない。

二  同二の事実は認める。

三  同三の事実は否認する。「玉盛シンセン」又は「ネオシンセン」と「強力シンセン」とを比較すると、なるほど、その後半部は同一であるが、冒頭部には前者では「玉盛」又は「ネオ」とあるに対し、後者では「強力」とある点において、両者には顕著な差異が存するから、後半部が同一だからといつて、両者が類似の商標であるということはできない。

ことに、「玉盛シンセン」の要部は、次の諸点から、「玉盛」の部分にあるとみるべきである。

(一) 「玉盛」の部分は、ありふれた氏や接頭語ではなく、極めて特徴的であること。

(二) 「玉盛」の部分は、原告会社を創立した玉盛栄八が自己の氏姓を宣伝するため特に冠したもので、原告会社を知つている者の間では、「玉盛」を除いては、原告又はその製品を考えないほどに「玉盛」の名称が知られていること。

(三) 「シンセン」という文字商標又は「シンセン」という称呼を有する商標は、従来から多数存在し、医薬品に関するものだけでも、登録第四〇一、一三四号商標「神仙」、同第五二、三六七号商標「神仙湯」及び同第五六、三六四号商標「神仙丸」等があり、原告の商標が未登録であるのは、上記「神仙」等の登録商標があるため、登録しえなかつた事情によるものであることに徴すれば、「シンセン」の部分は、医薬品につき慣用されている商標といえるほど陳腐なものであること。

(四) 簡易迅速を尊ぶ一般の取引慣行として、結合商標の冒頭部は、その後半部に比し、より一層取引者又は需要者の注意をひき易いこと。

なお、不正競争防止法第一条第一号は、現実の取引社会に流通している商標について、これに表彰される商品及び企業に寄せる需要者の信頼を保護し、あわせて当該商標使用者の利益をも擁護しようとするものであるから、同法により保護される商標については、具体的な取引の場における現実の使用形態に照らして、他商標との類否を判定すべきものというべきところ、原告の商標は、取引においては、「玉盛の湿布剤」と称呼されているから、原告の商標と被告の商標は、称呼の点において相紛れるおそれはない。

四  同四の事実のうち、被告が昭和二十八年二月設立されたこと及びその当初の商号が原告主張のとおりであることは認めるが、その余の事実は否認する。

五  仮に、被告の「強力シンセン」という商標が、原告主張の各商標と観念、称呼において類似するとしても、被告の「強力シンセン」という商標の使用行為は、次の理由により不正でない。

(一) 原告は、昭和三十七年二月二十八日、唐鎌孝に対し、その営業のうち「玉盛シンセン」という商標を付した湿布剤の製造販売に関する部分を譲渡した。したがつて、原告は、本訴請求についての原告適格ないし訴の利益を欠くか、又は差止請求権を有しないものである。

仮にそうでないとしても、原告は、前同日、唐鎌孝に対し、「シンセン」という文字を含む商標を同人がみずから使用し、又は第三者に使用させることを許諾し、この許諾に基づき、唐鎌孝が代表取締役をしている日本有機薬品株式会社は、昭和三十七年十一月十三日、厚生大臣に対し「強力シンセン」という薬品の製造許可を申請し、昭和三十八年四月七日、その許可を得て製造を始め、被告は日本有機薬品株式会社からその製造にかかる「強力シンセン」という湿布剤を買い入れて、これを販売するに至つたものである。しかして、不正競争防止法の差止の対象となる行為は、不正、違法な行為に限られるから、叙上のとおり、「シンセン」の文字を含む商標の使用について原告の承諾がある以上、被告の上記行為の違法性を阻却され、したがつて、原告から差止を受ける筋合ではない。

仮に上記の主張が理由がないとしても、原告が前記のとおり唐鎌孝との間の契約において、唐鎌孝及び同人の認める第三者に対し「シンセン」の文字を含む商標を使用することを許諾したことは、本件のような差止を訴求する権利を放棄したものと解されるべきであるから、上記の事情の下に「強力シンセン」の商標を使用している被告に対しては、その使用の差止を請求しえないものである。

仮に右の主張が理由がないとしても、原告は上記唐鎌孝との間の契約において、鎌唐孝の指定する第三者が「シンセン」の文字を含む商標を使用することにつき異議を申し立てないという不作為義務を直接第三者に対し負担したものであるところ、これは一種の第三者のためにする契約であるから、被告は原告に対し、昭和三十九年四月十四日午後二時三十分の本件口頭弁論期日において、受益の意思を表示した。したがつて、原告は被告に対し、前記商標の使用の差止を請求しえないものである。

(二) 仮に前記の主張がいずれも理由がないとしても、原告の「玉盛シンセン」又は「ネオシンセン」という商標の使用行為は、登録第四〇一、一三四号商標「神仙」、同第五二、三六七号商標「神仙湯」及び同第五六、三六四五商標「神仙丸」等の他人の商標権を侵害するものであり、原告の右各商標がかかる違法な使用行為により周知になつたものである以上、仮に被告がこれに類似する商標を使用した場合でも、その行為の違法性は阻却され、なんら不正といえない。このことは、不正競争防止法による保護の客体が、公正な競業秩序を構成する正当な営業行為によつて取得された地位ないし利益であり、違法な行為によつて得られた利益ではないことから、明らかである。のみならず、原告の本訴請求は、右の事情からみて、公序良俗に反し、かつ権利の乱用というべきである。

六  原告の主張六の事実について

(一) 同(一)の事実は否認する。「玉盛シンセン」という商標を付した湿布剤の製造販売は、原告の営業の重要な一部ではなく、仮にそうであるとしても、被告主張の営業譲渡は、原告会社の株主総会の特別決議を経ている。また、仮に株主総会の特別決議を経ていないとしても、株主総会の決議の有無は会社の内部的な意思決定の問題にすぎず、それがないとしても、これにより、代表取締役がした取引行為の無効を来たすものではない。また、唐鎌孝は、原告の代表取締役である渡辺元保が正当な授権に基づき原告を代表しているものと信じ、前記契約を締結したものであるから、表見代理の規定に照らしても、右契約が無効となるべきいわれはない。

(二) 同(二)の事実のうち、被告主張の契約は、当時原告会社の代表取締役であつた渡辺元保が締結したものであることは認めるが、その余の事実は否認する。

第四  証拠関係<省略>

理由

本案前の申立について

一  商標の特定

原告は本訴において使用の差止を求める商標を、単に、「強力シンセン」と表示するにすぎないことは被告の指摘するとおりであるが、その求めるところは、帰するところ、「強力シンセン」という六文字から成る商標は、文字の大きさ、字体、色彩及び配列等その構成のいかんにかかわりなく、すべてその使用の差止を求める趣旨であることは、その申立自体から明らかということができるから、本件の審判の対象である商標の範囲は明確というべく、原告の本訴請求が不特定であるということはできない。

被告は、同じく「強力シンセン」という六文字から成る商標であつても、その構成が異なれば商標法的にみて、そのすべてが同一の商標であるとは必ずしもいえないことを理由に、本訴請求は特定に欠けるものがある旨主張するが、たとえ本件審判の対象である商標が被告の主張するとおり、商標法的にみて必ずしも単一の商標であるとはいえないとしても、そのこと自体は、本件における請求の特定の問題とはなんら関係のないことであるから、本訴請求をもつて特定に欠けるということはできない。

二  被告の行為の特定

被告は、原告が差止を求める被告の行為について、抽象的に「強力シンセン」という商標の「使用又はこれを使用した湿布剤の販売」というだけでは特定を欠く旨主張するが、ここにいう「使用」が商標としての使用方法の一切を意味することは、字義上、明らかであるから、請求の特定としては、この記載をもつて十分というべく、被告主張のように、使用の方法を個別的に明示しないからといつて、請求の特定を欠くものということはできない。

なお、もし叙上の意味の「使用」行為中、被告主張のような商品の出所につき混同を生ぜしめない行為が存在するとしてもこのことは、単に、当該行為の差止を求める限度で請求の一部が理由がないことに帰するに止まり、訴を却下すべき事由となるものではない。したがつて、被告の右主張は、全く理由がないというほかはない。

本案の請求について

一  原告の商標及びその認識の程度

原告が医薬品の製造販売業者であり、昭和十八年以降「玉盛シンセン」という商標を付した湿布剤を製造販売していることは、当事者間に争いがなく、証人(省略)の各証言を総合すれば、原告は、昭和十八年設立以来、引き続き医薬品を製造販売して今日に至り、最近においては、全国各地の卸問屋四、五百軒と取引し、年間平均売上高は金二千五百万円程度に達していること、「玉盛シンセン」は原告の主力商品であり、その売上高は全商品の九割を占めること、湿布剤には、「玉盛シンセン」のほかに、「ゼノール」、「三共ハツプ」及び「ローテル」等全国的に販売されているものだけでも十数種類存在し、現在最も売行のよいのは「ゼノール」であるが、「玉盛シンセン」は、現在においては「三共ハツプ」及び「ローテル」とともに、「ゼノール」に次ぐ売上高を示し、十年以前には「ゼノール」のそれを上回る売上高を有したこと、並びに原告はその商品につき車内広告等を利用してその宣伝に努めていることが認められ、これらの事実に証人(省略)の証言及び本件口頭弁論の全趣旨を合わせ考えれば、「玉盛シンセン」という商標が原告の製造販売にかかる湿布剤であることを示す表示として日本全国にわたり、少なくとも、取引上、広く認識されていることを認定しうべく、右認定を覆えすに足る証拠はない。

原告は、「ネオシンセン」という商標も原告の製造販売にかかる湿布剤であることを示す表示として広く認識されている旨主張するが、これを認めるに足る証拠はない。

二  被告の行為

被告が、その湿布剤に「強力シンセン」という商標を使用しかつ、これを使用した湿布剤を販売していることは、当事者間に争いがない。

三  商標の類否

(一)  「玉盛シンセン」の要部等

「玉盛シンセン」という商標は、「玉盛」の部分と「シンセン」の部分とから成るいわゆる結合商標であるところ、(証拠―省略)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、従来、右商標は、「玉盛」の部分及び「シンセン」の部分を同じ大きさの文字で表示して、使用されてきたこと、「シンセン」の部分は片仮名で示されているため「王盛」の部分に比し取引上の注意をひき易いこと、湿布剤に用いられる商標で「シンセン」の部分を含むものは右商標以外になく、湿布剤につき「シンセン」といえば、取引者に「玉盛シンセン」を想起せしめ、実際の取引において右商標が「シンセン」と略称されることも少なくないこと、右商標は原告の商号である「心泉医薬株式会社」という表示とともに使用される場合が多いことが認められ、(中略)他にこれを覆すに足る証拠はない。

叙上認定の事実に、(証拠―省略)により認めうべきこの種商品の商取引の実際においては、商標を構成する文字の全体を、そのまま称呼することは少なく、多くは商標の顕著な部分により略称する傾向があること(中略)を合わせ考えれば、「玉盛シンセン」という商標の要部は「シンセン」の部分にあり、これより「シンセン」の称呼を生ずるものということができる。

被告は、「玉盛」がありふれた氏でないこと、原告を知る者の間では、「玉盛」を除けば、原告及びその製品が考えられないほど、この名称が知られていること「シンセン」が医薬品の商標として陳腐なものであること、結合商標の冒頭部は一般にその後半部より一層取引者又は需要者の注意をひき易いことを挙げて、「玉盛シンセン」という商標の要部は「玉盛」の部分にあり、それ以外の部分にはない旨主張するが、これらの理由から、前認定を覆し、被告の主張する結論の正しさを肯定することはできない(ことに、結合商標の冒頭部が一般にその後半部より注意をひき易いとすることは、独断にすぎないことは前認定の事実に徴し明らかというべきである。)。したがつて、被告の右主張は採用に値しないといわざるをえない。

(二)  「強力シンセン」の要部等

「強力シンセン」という商標のうち「強力」の部分は商品の品質を表示する特別顕著性のない修飾語にすぎず、したがつて、右商標の要部は「シンセン」の部分にあたることが明らかであるから、これより単に「シンセン」の称呼を生ずきべことはみやすいところである。

(三)  両者の比較

叙上のとおりであるから、「玉盛シンセン」と「強力シンセン」の両商標は、外観及び観念の点に及んで判断するまでもなく、「シンセン」の称呼を共通する点において、類似の商標といわなければならない。

なお、被告は原告の右商標は「玉盛の湿布薬」と称呼されているから、被告の商標と称呼の点で類似しない旨主張するが、仮に原告の前記商標が「玉盛の湿布薬」と略称されているとしても、原告の前記商標から別に「シンセン」の称呼を生ずることを否定しえないこと前説示のとおりである以上、被告の右主張は採用すべくもない。

四  商品の混同及び営業上の利益を害される虞

前認定の事実及び原、被告がいずれもその商標を湿布剤に使用している事実(この事実は、当事者に争いがない。)に(証拠―省略)を総合すれば、被告が「強力シンセン」という商標を湿布剤に使用することにより、被告の湿布剤は、取引上、原告の製造販売にかかる湿布剤であると混同され、その結果、原告の湿布剤の売上が減少し、また、「強力シンセン」という商標を付した湿布剤が原告の商品でないことを明らかにするために通常以上の役務及び費用を要する等、原告の営業上の利害が害され、かつ、害される虞のあることが認められ(中略)他に右認定を覆するに足る証拠はない。

五  営業譲渡及び商標の使用許諾

(一)  被告は、原告が、昭和三十七年二月二十八日、唐鎌孝に対し、その営業のうち「玉盛シンセン」という商標を付した湿布剤の製造販売に関する部分を譲渡したのであるから、差止請求権を有しない旨主張するが、乙第一号証によるも右主張事実を肯認するに足りず、他に右営業譲渡の事実を認むべき証拠はない。したがつて、営業の譲渡のあつたことを前提とする被告の主張は理由がない。

(二)  被告は、さらに、原告が前同日、唐鎌孝に対し、「シンセン」という文字を含む商標を同人がみずから使用し、又は第三者に使用させることを許諾した旨主張する。しかして、(証拠―省略)を総合すると、当時唐鎌孝は薬剤の製造にすぐれた技術を有していたが、独自の販売網を持たず、他方、原告は全国的な販売ルートを持つていたが、製薬技術が不十分のため新製品の開発に熱意を持ちながら、その実現が困難な事情にあつたところから、唐鎌孝と当時の原製会社の代表取締役渡辺元保との間で業務提携につき話が進められ、昭和三十七年二月二十八日、前者の技術と後者の販売力とを結びつけ、前者の製造にかかる薬剤を後者が販売することとし、その具体化の一環として、従来原告が販造していた湿布剤「玉盛シンセン」も唐謙孝において製造することにするか、その販売は、従来どおり、専ら原告がこれを行なう旨の合意が成立し、その際、将来の紛議を避ける趣旨で、乙第一号証の契約書が作成されたが、右契約書の内容は原告が従来有していた湿布剤「玉盛シンセン」に関する製造販売及びこれに附随する一切の権利を唐謙孝に譲渡し、原告は「玉盛シンセン」の商標を一切使用せず、唐謙孝がみずから「シンセン」の文字を含む商標を付した商品を製造販売し、又は第三者をして製造販売し、又は第三者をして製造販売させることについて何ら異議を申し立てないこと等の趣旨のものであることが認められ(これを左右するに足る証拠はない。)、叙上認定の事実に徴すれば、原告は、上記の目的を達するため「ンシセン」の文字を含む商標の使用(右商標を第三者に使用させることを含む。)を唐謙孝に許諾し、湿布剤「玉盛シンセン」の製造販売権を同人に譲渡する一方、唐謙孝との間に、同人の製造する湿布剤「玉盛シンセン」はもちろん、「シンセン」の文字を含む商標を付した商品について独占的な販売契約を締結したものと認めるのが相当である。

しかして、(証拠―省略)によれば、被告は、唐謙孝から「強力シンセン」の一括販売の許諾を得てこれを販売していることを認めるに十分であり、唐謙孝が「シンセン」の文字を含む商標を他の第三者に使用を許諾する権限を有することは前認定のとおりであるけれども、(証拠―省略)に弁論の全趣旨を総合するに渡辺元保は、前記認定のとおり、原告会社の代表取締役として、唐謙孝との間に前記の契約を締結したが、その後他の重役と意見が合わずして原告会社取締役を退任するや、唐鎌孝の出資を得て被告会社を設立し、会社名も原告会社の商号と類似する「シンセン薬業株式会社」の名称を用い(被告が当初右の商号を使用したことは当事者に争いがない。)、さきに原告のため、その代表者として唐鎌孝との間に前記販売契約を締結し、したがつて、その内容を知悉しているにかかわらず、被告会社の代表取締役として唐鎌孝から湿布薬「強力シンセン」の一括販売権を得、「シンセン」の元祖は原告でなく、被告である旨宣伝して発売するに至つたことが認められ、右認定の事実によれば、被告の「強力シンセン」の販売行為は、湿布剤「玉盛シンセン」により原告の得た名声を利用して自己の利益を図ろうとしたものであることを推認しうべく(これを覆すに足る証拠はない。)、かような事情のもとにおいては、唐鎌孝の許諾があつたにしても、被告の行為は、権利の乱用として違法な行為であり、被告は、その正当性を主張しえないものというべきである。したがつて被告の前記主張は理由がないものといわざるをえない。

被告は、原告が、唐鎌孝との間の前記契約により、唐鎌孝又はその指定する第三者に「シンセン」の文字を含む商標の使用を許諾したことは、この許諾による使用者に対し差止請求権を放棄したものである旨主張するが、「強力シンセン」の商標を使用する被告の行為は、権利の乱用であり、違法なものであること前認定のとおりである以上、このような行為についてまで差止請求権を放棄したものとは一般経験則上到底認めることはできないから、被告の右主張は採用できないまた、被告は、原告と唐鎌孝との間の前記契約は、第三者のためにする契約であるから差止を請求しえない旨主張するが右契約の内容は、前記認定のとおりであり、これを目して、いわゆる第三者のためにする契約とすることはできないからこのことを前提とする被告の右主張も採用の限りでない。

六  原告の商標使用は違法か

被告は、原告の「玉盛シンセン」という商標は、「神仙」、「神仙湯」及び「神仙丸」等の他人の商標権を侵害する違法行為により周知になつたものであるから、この商標に類似する商標を使用しても何ら不正でないばかりか、かようら事情のもとにおける原告の本訴請求は公序良俗に反し、かつ、権利の乱用である旨主張するが、原告の商標の使用が被告主張の各商標権を侵害することを認めるに足る何らの証拠はないのであるから被告の右主張は、全く考慮に値しないものというほかはない。

(むすび)

以上説示のとおり、原告の本訴請求は、すべて理由があるものということができるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。(裁判長裁判官三宅正雄 裁判官武居二郎 佐久間重吉)

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